エターナルスフィアはその存在をとどめた。
各地で復興の為に、人々が手を取り合い、自分たちの生活を取り戻そうとしている。
エクスキューショナーにより甚大な被害を受けたのは、地球も例外ではなく。
いまだバークタイン大学も混乱したままだった。
無期限の休校、という連絡に、フェイトの口から溜息が漏れる。
しかし、ちょうど良かったのかもしれなかった。
ずっと、無理を重ねてきたように思う。
自分の手のひらを眺めた。
創造主すら打ち倒した、その手を広げて、握り締める。


そしてフェイトは一人、姿を消した。







幼馴染のソフィアとすら、連絡を取るのは久しぶりだった。
少し話したいことがあるらしい。
待ち合わせの場所に立って、暫らくしてから。
少女は両手を大きく振って、フェイトの名を呼んだ。
「ねぇ、フェイト。今の生活、どう?
 一人で寂しくない?」
お互いの近況や、家族の話をしていた矢先、ソフィアは言った。
「いや」
唐突に尋ねられた言葉に、ふと過ぎった影はあったが、つとめて明るく答える。
「そんなことないさ。楽しんでるよ」
笑うと、間髪いれずソフィアが叫んだ。
「嘘」
「嘘じゃないさ」
「…なら、どうしてそんなに、泣きそうに笑ってるの?」
よく手入れのされた華奢な手のひらが、フェイトの頬に伸ばされる。
「"妹"の私くらいには、
 泣き顔…見せてもいいと思うよ?」
見上げる視線は、何もかもを見透かしているようで。
否定の言葉を喉に引っかけたまま、困ったように笑うしかなかった。




フェイトは今、ムーンベースの研究エリアに身を寄せていた。
なんともいえない気まずさを引きずったままで、自室に戻る。
ディスプレイを開くと、マリアからメールが届いていた。
帰宅したら、オンラインにして欲しいとのことだった。
億劫だったが、接続してディスプレイの前で待つ。
「久しぶりね、フェイト」
暫らくしてから、映像と音声が入る。
マリアは髪を緩く結っていて、大人びた印象を与えた。
好きな相手でも出来たのだろうか。
そんな髪形も似合うよ、と褒めると、
「からかわないで」と照れた様子を見せた。
たわいもない話の後、教えておきたいことがある、とマリアは言った。
「クリフが貴方を探しているわ」
「え…」
言葉も出なかった。
「そんな、なんで」
ようやく絞り出した声は、掠れていた。
「何故かは、貴方が一番良く分かっているんじゃない?」
自分とよく似た風貌の相手は、腕組みをし挑発するように視線を向けた。
「私の居場所すら探し当てたのだから、
 貴方のところに来るのも時間の問題でしょうね」
「…」
「それじゃあ」
一方的に切れ、ざあざあと砂嵐の流れるディスプレイを前に、
フェイトはどうやって「彼」から逃げるかを考えていた。







「面倒だが仕方がねぇ。やるぜ!」
冷たいけれど、ぎらぎらとした瞳だったと思う。
その瞳に押されて、僕は剣を構えなおした。
勝てる、と、心の底から思えたからだ。

ノートンとの戦いの後、屈託なく笑った彼はとんでもない言葉を吐いた。
「お前を掻っ攫いにきたんだ」と。
単なる地球人で、大学生で、なんの変哲もない自分を何故。
それだけが頭の中をぐるぐる回っていた。






つかの間の文明への脱出、そして、墜落。
雪のちらつく未開惑星で、僕の旅は始まった。






いつも、彼の姿を見ていたように思う。
僕を庇う逞しい背中とか、
ディープブルーの瞳にかかる金色の髪とか。
端正な顔は、無遠慮に僕を覗き込んだりもしたけれど、
嫌ではなかった。
むしろ、安心できた。
僕を見ていて欲しかった。





世界が急速に終わりへ向かい始める。
それも、この世界を生み出した神の手によって。


"神を相手取るなんて、分が悪い"
そんな風には思わなかった。
彼がいるのだから。

虚構の存在、所詮0と1の羅列だったとしても。
この世界には、消えて欲しくなかった。























長い長い時間をたゆとうて

まぶたの裏に、淡い光が差していた



「ーーーーーー!」




なんと言っているのだろう?



僕を呼んでいるように感じる




力の限り、僕も叫んだ


ーーーソフィア、マリア、アルベル、ネルさん、




ーーーーーーークリフ!
















目の前がすっとひらけた。

雲が、吹く風に流されていく。随分と、早く。



ああ、もうすぐ雨になるのか。


そう思った後、焦点が合った。


「おかえり、フェイト」

微笑みながら覗き込んでいるソフィア。

少し離れた場所で、僕を見守っていてくれたらしいマリア達。





そして、クリフ。


何も、変わっていない。
いつもの表情で、いつもの声で。


「やっと戻ってきやがったか」



安堵の響きを持つ声に、僕も本当にほっとした。



何も変わらなかった。



この世界も。




この、恋心も。








マリアからの警告に気が気でないフェイトは、気ぜわしく部屋中を歩き回っていた。
父親の残した膨大な量の書物がそれを見守る。

思い出すと、どうにもなりそうにない。

今だって、この恋心はおさまってなどいない。
一緒にいれば、多くを望んでしまいそうだ。

しかし、銀河全体を立て直すため、多忙な日々を送るクリフの負担にはなりたくなかった。
何より彼は、世界が救われた今、もうフェイトの保護者ではない。

クリフを欲しがる気持ちはあったが、潔くない諦めでどうにか蓋をした。






やっぱり、ここは出て行こう。


ひとりごちて、フェイトは荷物をまとめ始める。
もともと身ひとつできたのだから、
それ程多くのものは要らない。

父の研究室を出て、フェイトは転送装置へと向かった。











フェイトが訪れたのは、ヴァンガード3号星だった。
「わあ、またきてくれたのね! お兄ちゃん」
ミナが飛び上がって喜ぶ。
「お久しぶりです、フェイトさん」
ノキアのまっすぐな瞳に、心が少しだけ晴れた。
「うん、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「はい!」

ウィプル村は活気を取り戻し、村長は少しだけ太ったようだった。
確実に、ここは豊かになりつつあるのだ。




翌日、フェイトはコーファーの遺跡に向かっていた。
忘れたい、思い出したくない、と思っているわりに、足はどんどんと進んでしまう。

暫らくの研究所暮らしで、なまってしまった体を鍛えたいのだと自分に言い訳をした。


適当にチンピラを倒した後、崩れた建造物の扉が目に入る。
ノートンの隠れ家だ。

瓦礫に少しずつよじ登り、中を覗いてみる。
クォッドスキャナーにも、反応はない。
さらに中を覗こうと、体を傾けたときだった。


「危ねぇぞ、オイ」

低くて、心地よい声だ。
耳に残り、いつまでも聞いていたくなる。

でも今は、一番聞きたくない声だった。



「別に、平気だ」
振り向かないまま、つとめて冷静に返す。
「そうか」
クリフの声もわりあい落ち着いているように聴こえた。
そのままそろそろと瓦礫の山を降りる。
ただし、クリフのいる方とは逆側に。


クリフの気配が動いた。
瓦礫に手をつき、一息に飛び越える。
そして、フェイトの目の前に立ちはだかった。

顔は、見れない。

俯き加減のまま、フェイトは後ずさった。
腕に瓦礫の角が当たり、カランと崩れる音がした。


「どうして逃げる?」

無言のままフェイトはさらに視線を落とす。
大きな手のひらが、華奢な顎に添えられ、強引に顔を向けさせた。
久しぶりに見た顔は、眉間に深くしわが刻まれていて、
怒っているようなのに、今にも泣き出しそうにも見えた。

「…っ」
限界だった。
泣き出したのはフェイトのほうだった。
情けないから止まれ、と思っても、無駄だった。
堰を切って溢れてしまった。

あまりに酷い、グズグズな顔をしているだろうに。
クリフはあやすように、ずっと髪を撫でてくれていた。




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